体系的RNAiによる、ショウジョウバエゲノムの機能解析の試み
国立遺伝学研究所・系統生物研究センター
三菱化学生命科学研究所・遺伝子機能研究ユニット 上田 龍
2000年3月、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の120Mbにおよぶゲノム塩基配列が発表された。真核生物では酵母(12Mb)、線虫(97Mb)に続く3番目の成果である。この過程ではセレラ・ジェノミクス社がショウジョウバエ・ゲノムプロジェクトに大きく貢献した。セレラ社はヒトゲノムに対するショットガン・シークエンスの有効性を検証するため、ゲノムサイズがヒトに比べて1/20程度しかないショウジョウバエに対して最初にその方法を適用したのである。このことは実に象徴的な出来事であった。なぜならば、その後の解析からショウジョウバエのゲノムに存在する13800遺伝子の60%がヒト遺伝子と相同性を持つことが判明したからである。これまでに判明している癌、神経退行性疾患、生活習慣病などの原因遺伝子を調べても、その6割ほどをハエのゲノムに見つけることができる。ショウジョウバエはこれまで遺伝学の材料としては一般的であったとしても、昆虫という異なる体制を持った材料としてヒトを含む哺乳類とは区別して考えられてきた。しかしながら上記の事実によって、ヒト遺伝子の機能を調べるための「試験管」としての期待が急速に高まってきたといえる。
このような状況において、ショウジョウバエにおける遺伝子機能解析への取り組みを一層加速する必要がある。遺伝子の生体における機能を明らかにするには、
1)遺伝子の機能を阻害した時に(loss-of-function mutation)どのような異常が現れるか?
2)遺伝子の機能を昂進させた時に(gain-of-function mutation)どのような異常が現れるか?
という最も基礎的な解析から始めなければいけない。すなわち「変異体の表現型解析」である。
ショウジョウバエではこれらの「遺伝子」に狙いを定めた人為的な変異体作出の方法がいろいろと工夫されている。例えば2)においては「GAL4-UASシステム」を用いることにより任意の組織で、あるいは任意の時期に、導入した改変遺伝子を発現させることができる。すなわち条件変異(conditional mutation)を作出することができる。一方、loss-of-function mutationに関してはこれまで染色体/ゲノムに恒久的な傷をつけることにより作出することが一般的であった。変異原としては化学的、物理的、あるいはトランスポゾンの挿入を利用するような生物的な手段が工夫されてはきたが、発生初期に重要な働きを持つ遺伝子の場合にはその発生段階で致死となり、後期での生体機能を調べるということは非常に困難であった。
しかしながら近年RNAi現象が発見されてから、ショウジョウバエにおいてもこの現象を利用したloss-of-function mutation作出法が種々工夫され、特にGAL4-UAS法と組み合わせて用いることによりloss-of-function mutationを条件変異として利用することができるようになった。
RNAi (RNA interference) とは二本鎖のRNAに反応してその配列に相同な遺伝子の発現を抑制する、進化的に保存された細胞内監視機構といえる。90年代の初めには外来性の導入遺伝子の発現がホストの相同な遺伝子の発現を抑制してしまう現象が見つかっていた。共抑制(cosuppression)と呼ばれるこの現象は主に植物のウイルス耐性について研究が進展したが、その原因の特定が行われ広く真核生物一般的な現象として爆発的な研究の広がりを見せ始めたのは1998年、Fire等の線虫での実験が発表されてからである。Fire等は当初、アンチセンス一本鎖RNAを用いてmRNAを阻害する実験でunc-22遺伝子の機能解析を試みたが、ネガティブコントロールとなるべきセンス鎖でもアンチセンス鎖と同じ結果が出ることに苦慮していた。これは一本鎖RNAの標本に微量の相補鎖が混入していることが原因と考え、それぞれの精製した一本鎖、およびそれらを混合した二本鎖RNAを使って実験を試みた。その結果、二本鎖RNAをinjectionした線虫においては驚くべき強力な遺伝子阻害反応を得ることが出来た。
その後のRNAiそれ自体の研究の発展はめざましいものがある。RNAi効果が失われる変異体をスクリーンする遺伝学的なアプローチや、細胞内、あるいはin vitro系での分子を同定する生化学的アプローチをはじめとして多くの機能分子が同定され、そのプロセスの概要が明らかとなってきた。細胞内の長い二本鎖RNAはRDE-1やDicerなどのタンパク質複合体と結合し、DicerのRNaseIII酵素活性により加水分解され、21塩基対程度の小さな二本鎖RNA(siRNA:short interefering RNA)となる。このsiRNAは3’側が2ヌクレオチド張り出した特異な構造を持っている。eIF2C、Argonaute2、そしておそらくGEM3/4などと複合体(RISC:RNA-induced silencing complex)を形成したsiRNAは二本鎖がほどけて、自身の配列と相補的なmRNAを認識して結合する。このようなRISC-mRNA複合体のmRNAはDicerもしくはまだ未同定のRNaseによって、siRNA配列のほぼ真ん中付近で切断され、分解される。
このRNAiを利用すれば遺伝子のノックダウンを簡単、強力に行うことができる。ゲノム時代の遺伝子機能解析に画期的なツールが現れたといえよう。人為的にターゲット遺伝子の発現を抑制するためにはin vitroで作成した二本鎖RNAを細胞内に導入する方法以外に、細胞内で二本鎖RNAを発現する方法も工夫されている。適当なプロモーターの下流にターゲットする遺伝子の断片を逆向き反復配列の形で挿入すると、転写産物はヘアピン型の二本鎖RNAとなる。あるいは遺伝子断片を2つ逆向きに配置しそれぞれをプロモーターで駆動するか、1つの断片の両側にプロモーターを逆向き反復配列の形で置き、両側からの転写産物が細胞内で二本鎖RNAを作ることでも効果があるらしい。
一方、哺乳類細胞においては30塩基対以上の長さを持つ二本鎖RNAを導入するとインターフェロン反応が誘導され、細胞内の翻訳反応が非特異的に阻害され、細胞がアポトーシスをおこしてしまうことが知られていた。しかしながらsiRNAを用いると、このインターフェロン反応をかいくぐり配列特異的なRNAiを誘導することができる。この発見によって、ヒトを含む哺乳類細胞でも狙った遺伝子を簡単に発現抑制することが可能となった。化学合成したsiRNAの導入による発現抑制効果は数日から1週間ほど持続するが、導入細胞の細胞分裂によりその効果は失われる。しかしながら上記のように21塩基対断片を適切なプロモーターで駆動するベクターを使用すると、遺伝子発現抑制を持続させることができる。ES細胞にこのようなベクターを導入し、マウスを作出すると変異体マウスを得ることができる。
RNAiは配列特異的に生体内での遺伝子発現をノックダウンできるため、興味ある遺伝子の生体内での機能を調べる上で汎用的、かつ効果的な方法であるといえる。今回はRNAiの概説と共に、私たちが進めているショウジョウバエ全遺伝子の機能を調べるための基盤、RNAi変異体バンクの状況についてご紹介する。
上田 龍 rueda@lab.nig.ac.jp
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